【ドラゴンボール】悟空は舞空術をいつから使えるようになった?

悟空の舞空術初披露はいつか調べてみた!筋斗雲からシフトしていく様子も解説!

初期の悟空の移動手段は筋斗雲

亀仙人が、亀を助けてもらったお礼に、不死鳥を読んで永遠の命をくれようとしますが、不死鳥はすでに死んでいました(笑)。

その代わりにくれたのが筋斗雲です。しかし悟空は最初、筋斗雲を食べようとします(笑)。

筋斗雲は清い心を持っていないと乗ることができません。亀仙人本人や、ブルマは乗ることができませんでした。

一方悟空は、すぐに筋斗雲を乗りこなします。そして「いいもんもらっちゃったな」と喜びます。

筋斗雲は悟空の移動手段として長きにわたって愛用されます。

天下一武道会を終えた時や、レッドリボン軍の脅威から人々を救った後など、筋斗雲で旅立つ悟空の姿が印象的です。。

話が進むにつれ、筋斗雲から舞空術にシフト

悟空が舞空術を初披露したのは、後述のようにピッコロ(マジュニア)戦です。

その後のサイヤ人戦では、悟空は平常時も、緊急時も、移動手段は筋斗雲を使っています。

ただ、ラディッツ・ナッパ・ベジータとの戦闘時は、舞空術を使って闘っています。

その後、フリーザ戦では、舞台がナメック星なので、筋斗雲は使えません。

そして、人造人間・セル戦では完全に舞空術を使うようになっています。

悟空が舞空術を初めて使ったのはいつ?

第23回天下一武道会で、両手両足を折られ、ピッコロ(マジュニア)の攻撃から逃げる方法を失くした悟空。

ピッコロの攻撃によって、悟空は消し飛んだかに見えましたが、実は舞空術によって空に逃げていました。

舞空術を使った頭突きでピッコロを場外に突き飛ばし、悟空は念願の天下一武道会優勝を果たします。

まとめ

・悟空の舞空術初披露はマジュニア戦

・最初は筋斗雲を使っていたが、徐々に舞空術にシフト

・フリーザ戦から、完全に舞空術に切り替わる

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